TODOS高校生!!自宅庭ネットに向かってマット無し土の上からのショット!!当時、ゲーリープレーヤーがTODOSのアイドルだったんだ。
確かに「粗い!!」、でも思い切って振っているんです。これが 「旬」 なのでしょう。ゴルフが面白くて面白くて仕方なかった。コースには殆ど行けなかったけれど練習だけはシッカリと積んでいた。サンダル履きで土の上からバランス良く振っていたし、ジュニアにありがちな頭の残り過ぎ、ポーラクリーマーと勝負出来るよ!!これは。典型的な 逆Cスィング 。クラブはマクレガーの薄っぺらいブレード、キッチリとターンオーバーしなければ捉まりゃしないさ。この身体の柔軟性は今は面影もありません。さぁ、TODOS、どこまで取り戻せるのか???
3日の初打ちでは課題をクリアする姿勢をどっかに置き忘れ、旧友との昔話とバカ話に花が咲くラウンドでしたので、ちょっと反省会。今日は寒かったですね、ニューアイアンで初打ちに行かれたbossさん、大丈夫だったかな。
初打ちラウンドで旧友に指摘された最も大きな反省点は「打っていない・振っていない」らしい・・・。自分では振っているつもりなのが、周りから見ると 「なぞっている」 &「踊りを踊っている」 ようなんだそうだ。あの飛ばし屋の waiwai さんでさえ、マン振り練習をしていると言うので今日はスィングプレーンを気にせずに振る練習に徹してみた。試行錯誤を繰り返す中でイメージを変えたポイントは左腕とシャフトの一本化。左主導のスィング。これまでは両腕均一に力を抜いてボディーターンで深いトップを作ろうとしていたが、なかなか上手く行かないし、特に右肩の肩甲骨が上手く動かないと悩んでいた。そこで極端な表現では左手一本で振るイメージで右腕・右グリップのパワーを ”ゼロ” にしてしまい、アークの大きなスィングを志向してみた訳。1. どちらかと言うと右肩を下げ気味のアドレスで十分に右に体重が乗ってくる態勢を作っておく。2. テークバックは右肩が後ろに引けないように右肩アップ・左肩ダウンくらいのイメージで。3. それでトップからは下半身主導の静かな切り返しをするものの、一瞬左肩を上げるようなイメージでコックを溜めたままハーフウェイダウン。4. そこからフィニッシュまではマン振り!!そうすると、見たまま振る、と言う課題も結構クリア出来てきてインパクトでボールが出て行くのが見えるようにもなってきたし、ボールの初速が全然違うことに気がついた。向こう側のネットの真ん中の高さ~上から1/4の高さにボールが突き刺さるようになってきた。使用ドライバーは例の レトロ・ビーム 。大体、フライトの高さが全然違う。そうだよねぇ、このくらい振らなきゃボールは生きてこないよねぇ。これからはガンガン行くぞー!!
1992年にイギリスで購入したクラブです。タイガーがずっとこのバージョンのスプーンを使用していたような記憶がありますが、違いましたっけ。
20度のロフトですから今で言う5番と7番の中間のようなロフトでしょうか、でもキャロウェイのヘブン・ウッドが登場し、これを7番と呼ぶようになってから混乱していますね。シャフトはオリジナルのカーボンが入ったままです。ヘッドの形状は素晴らしいし打感も良いので15度のスプーンと組み合わせればウッド2本でOKだと思っていますので、そのうち(日本に本帰国したら、かな?)新しいシャフトを入れてみたいナァと思っています。日本の中古ショップに行けば、この程度のクラブはごろごろしているのかナァ???
中学時代の友人と江戸崎へ。朝から食堂には樽酒におせち料理が振舞われお正月気分満点。当然のようにほろ酔いゴルフとなりました。
午前中の天気はこの写真のように最高。しかし朝はクルマがばりばりに凍っていましたし、あたり一面凍ってましたね。ティーオフが10時過ぎだったので少しは助かりましたが、それでもまだ「カ~~~~ン!!」と凍ったグリーンでボールが跳ねまくったり。ほろ酔い同級生ゴルフにはそれも楽しからずや。。。。グリーンはサンドグリーンでコンディションが良く、HIROフォークを使わずともボールマークの周りにサクサクと刺して行くだけで補修が出来ました。グリーン周りの高麗芝はボールが浮いていてUSと同じようにSWを開いて同じ調子で打つと殆どショートだったのには参りました。やっぱり日本は「トン、トン、ツーー」って感じにしないとなかなか寄りませんね。勘狂いましたわ。。。帰りの必殺裏道が良く覚えていなくて難しかった。これからも日本に帰ってきたらホームコースには顔出すようにしないと、と反省した一日でした。
正月レトロ特集第2弾、ここに発表!!昨日の写真とほぼ同時期に中国大陸で撮影された(つまり約70年前)TODOSの母親です。
もし、この時から真剣にゴルフをやっていたら日本の女子ゴルフ史が変わっていたかも知れませんが、その後の第2次世界大戦、敗戦後の復興への混乱などで女性がゴルフを続けることなど考えられなかったのでしょう。シャフトを見るとこれヒッコリーみたいですね♪まだアイアンの番手がマッシーとかニブリックとか呼ばれていたのだと思います。TODOS今日もお正月で飲み過ぎです・・・・・。
正月レトロ特集第2弾、ここに発表!!昨日の写真とほぼ同時期に中国大陸で撮影された(つまり約70年前)TODOSの母親です。
もし、この時から真剣にゴルフをやっていたら日本の女子ゴルフ史が変わっていたかも知れませんが、その後の第2次世界大戦、敗戦後の復興への混乱などで女性がゴルフを続けることなど考えられなかったのでしょう。シャフトを見るとこれヒッコリーみたいですね♪まだアイアンの番手がマッシーとかニブリックとか呼ばれていたのだと思います。TODOS今日もお正月で飲み過ぎです・・・・・。
新年明けましておめでとうございます。レトロな70年前の写真ですが、右側がTODOSの祖父。彼がTODOSにゴルフなるものを教えてくれた恩人なのです。
ここは中国の今で言う武漢、当時某商社の駐在員として中国大陸で活躍していた祖父は、母の言葉によれば「毎日ゴルフしていたような気がする」と言ってましたね。多分この写真もゴルフ場へ行くときなのかも・・・。短パンにハイソックスは格好悪い、と言うのが一般的な意見ですが、どうですか?我が祖父、TODOSは格好良いと思うナァ。TODOSが未だ子供の頃、祖父に連れられてバス・電車を乗り継いでゴルフ場に良く行きました。良く覚えているのは朝から雨の日のこと、「雨だから止めようよ、今日は」と言う我がままTODOSに対しての祖父の言葉は、「降っている雨は必ず止む、ワッハッハ」でした。その通りスタートする時には雨が止んでいた。何か自然の摂理を教わった気がしました。大陸で活躍して培われた大きな思想ですね。元旦に何故か思い出しました。TODOSは今、この当時の祖父よりも遥かに年上。頑張らねば・・・。